アニメ.エ口ゲーなどの感想が多いです。 ↓メニューバーです

TOP > ゲームのプレイ日記 > CARNIVAL 3日目 │自分が分からない、なにか解らない、判らない理解らないわからないわからない

    CARNIVAL (226) 

     

    馬鹿かよ、自分でわからなかったら、誰がわかるっていうんだ。わからないんじゃなくて、わかりたくないんじゃないのか?

    わからない。僕にはわからないんだ

     

     

     

     

     

    自分が判らない

    CARNIVAL (122)

    「愛想笑いかよ。気持ちわりいな。嫌なら嫌って言えよ」
    この声は、記憶の底のほうにある、武の声だ。

    「嫌かどうかなんて自分じゃわからないよ」
    と僕は言う。僕の声も幼い。あのころの僕に戻っている。

    「馬鹿かよ、自分でわからなかったら、誰がわかるっていうんだ。わからないんじゃなくて、わかりたくないんじゃないのか?」

    「なんでわかりたくないんだ? もうわかってて、ただ受け入れられないだけじゃないのか?」

    「わからない。僕にはわからないんだ」


    自分のことは一番が、自分がわかるってよく聞く言葉だけれど。あれに当てはまらない人も、多くいるんじゃないだろうか。

    行動、吐き出した言葉、外部刺激からもたされる受動的感情。これら全てに「理由」をつけられるのだろうか?

    とてもじゃないけど私には無理だ。


    ついついやってしまう癖や、道端で拾う落とし物、誰かとの一言一句、これらにいちいち「理由」をつけてやってるとは思えない。後々から考えれば、納得できる説明ができるかもしれないが、そんなのは後付だと思うんだ。


    極端な話、歩くときに、左足か右足、どっちを先に出すかなんて考えない。勝手に私の足は動く、それも自動的に。

    それと似たようなものなのかもしれない。

     

    「馬鹿かよ、自分でわからなかったら、誰がわかるっていうんだ。」


    だとするなら、自分のことを一番理解できていると思ってた、自分でさえ、”自分”のことをよく分かってないんだ。

    誰もが誰も、彼もが彼も、誰も彼も誰かのことがよく分からない。分かってると思っているなんてただの勘違い。 なんて考えてしまうとすごく悲しいな、なんて。穿ち過ぎかもしれません。ね。

     

     

    学と武の会話

    CARNIVAL (120)

     

    テーブルに母さんと二人きりで向い合って夕食を食べている。

    母さんはとても優しくてニコニコしているけれど、それは今にも全てが壊れてしまいそうな脆くて危ういものに感じられて、かえってとても恐ろしい。
    僕は自分の動作が母さんを刺激しないように、ビクビク気を配りながら、愛想笑いを浮かべている。

    「愛想笑いかよ。気持ちわりいな。嫌なら嫌って言えよ」
    この声は、記憶の底のほうにある、武の声だ。

    「嫌かどうかなんて自分じゃわからないよ」
    と僕は言う。僕の声も幼い。あのころの僕に戻っている。

    「馬鹿かよ、自分でわからなかったら、誰がわかるっていうんだ。わからないんじゃなくて、わかりたくないんじゃないのか?」

    それは、どこかで聞いた事がある。って、これは、僕の考えていた事だ。僕の意見だ。僕だってそんなの気がついているよ。武には関係がない。

    「なんでわかりたくないんだ? もうわかってて、ただ受け入れられないだけじゃないのか?」

    「わからない。僕にはわからない」

     

    これは学が昔のことを思い出しているときのこと。

    学はよく昔話に思いを馳せると必ず「武」という友人が現れる。
    学は自分を助けてくれた友人だと思っているようだけど、多分、これは違う。



    武は学の中にいる、もうひとつの人間なんだと思う。こう考えるといくつか辻褄が合う。


    例えば。

    上記の引用文でも、学と武は頭の中で会話しているように聞こえる。さらに学校の屋上で三沢先輩を殺したとき、学には記憶がない。その空白の数分間、「武」というもう1人が意識の表層に浮かんできてたんじゃないだろうか。

    そして学は以前から、記憶の欠落を抱えていたと言っている。これは昔から武との付き合いがあったと見るべきか?


    ――――――――――――

    今まで武との会話を聞いてると、彼は学にとって害になる人物には見えない。むしろ学を助けてくれている。

    うまく共存できている? かもしれない。

     

     

     

     

     

    公僕さま登場

    CARNIVAL (127)

     

    健忘録として今までのあらすじをまとめてみよう。

    →学いじめられ、三沢を殺害
    →護送中のパトカーから脱走。
    →お祭りで理紗とあい、彼女に家にて匿わられる
    →詠美をレイプし、理紗の家で拉致監禁
    →理紗の親友・渡会さんも監禁 後に解放

    →公僕さま登場。

     

     

     

    →羽交い締めにし

    CARNIVAL (129)


     

     

    NEW! →拘束レイプ ←今ここ

    CARNIVAL (141)

     

    そして学と公僕さま(百恵さん)との会話が始まる。


    百恵ちゃんいわく

    あなた、こんな犯罪者の誘惑に従っちゃだめよ! 正しい心と、社会道徳に従って、健全な行動を、素早く行なうのよっ!

    この法治国家で、警察から逃れられるわけない。あなたはすぐに捕まって、自分の罪を後悔する事になるのよ

    あなたはまだ若いのよ。こんな愚かな事をしていないで、早く自首するべきよ。犯罪行為を繰り返しても、あなたの人生が傷つくだけよ。

     

    見事なほどに、百恵ちゃんは正義を体現している。善性を語り尽くしている。

    (このシーン以外でもう百恵ちゃんがほぼ出番ないことを考えると、百恵ちゃんは正義のメタファーだという見かたが出来ると思う)

    そして、そんな正義の化身である百恵ちゃんは、めくるめく快感に落ちた。堕ち沈んだ。

    CARNIVAL (147)
    CARNIVAL (145) 

    いやっ。それより、動くのやめないでっ。もっと、無茶苦茶にして




    正義……正義ね。

    学がこれ以上の罪を増やしたところで、学自身どうでもいいと思ってるんだ。
    身近な現実さえも不確かな彼にとって。そんな理解してもしなくても変わりっこない概念なんて、

    ”正義”なんて、朝の日差しより印象が弱い。

     


    故にCARNIVALはこう言っているのかもしれない。


    「正義? はっ、んなもん犬にでも食わせてろよ。わかってんだろ? これが残飯同然のシロモノだって。

    思い出してもみろ、それがいつ俺たちの役に立ったことがある? ないんだよあるわけねーのさ」


    と。

     

     

    理紗の異常性

     CARNIVAL (133)


    理紗の許容する心がすごい。

    学が詠美を拉致し監禁したとき、親友を監禁したとき、婦警を監禁したとき、理紗は必ず、学を許容する。

    あやまらないでよ。私は平気だよ


    正直もう関わりたくないって思うのが、人情なんじゃないだろうか。だって学の行動は時間が経つごとに、エスカレートしていってる。このままじゃ、いつ自分が次の被害者になるかもしれないというのに。危険を感じないのだろうか?


    幼馴染、好きな人、という今までの関係性を鑑みても、ちょっと普通の考え方じゃ考えられない。学の異常性を目のあたりにして、どうして”私は平気だよ”なんて笑っていられるんだ。

    理紗はなにを考えている?
    きっと理紗にも何かしら、何かしらあるんじゃないか。暗い何かが。きっとある。



     

     

    もしかしたら、もう気づきはじめてるかもしれない

    CARNIVAL (154)

     

    『もしかしたら、もう気づきはじめてるかもしれない』

    って、水面の上から何か音が聞こえる。
    声はうわんうわんとノイズを帯びているが、これは、どうも理紗の声らしい。

    『まさか、そんな感じはしないけれどな』

    誰かが理紗の相手をしている、声は理紗のものより大きく聞こえるけれど、ノイズもよりいっそうひどくなって、声質が判然としない。

    『たぶん、なにかおかしいと思ってるよ。態度が変だもん。私にはわかる』


    うん、だって、そうよ。武くんのことも、きっとわかっちゃうよ

     

    学はソファでうつらうつらとし、夢と現実の境目で、理紗たちのやりとりを聞く。

    うん、だって、そうよ。武くんのことも、きっとわかっちゃうよ



    ああ、そうか。そうか。そうだったのか。理紗の家には、理紗と学しかいない。学が知らないだけで他にも誰かこの家に居るのかもしれないが、多分そうじゃない。



    これは学と理紗の会話なのだ。



    もっと正確に言うならば、学(武)と理紗の会話。

    学という人格が水の奥底にいるとき、水面にでてくるのが武なのだろう。

    そして、武と陽気に話す理紗は、以前から学の二重人格について知っていたんだ。



    学は未だに、「武」というのは別の第三者で、他の人間で、自分の親友だと思っている所がなんかすごく、悲しい。気づかないほうがいいのかもしれないが。

    ああ、そうか、だから理紗は「武」のことを学に秘密にしているのか。一瞬理紗のことを信じていいのか分からなくなったけど、理紗はきっと味方なんだと思う。

     

     

    そして学は壊れ始める



    CARNIVAL (158)

    僕は気がつけば銃を握っていた。そして漠然と考えていた。

    これをくわえて丁度銃口が頭頂を射抜くようにして引き金を引けば、38口径のフルメタルジャケットが僕のこのぐちゃぐちゃした思念やら人格や記憶のからみついた脳みそを吹っ飛ばして破壊する、そしたらすっきり綺麗に大解決じゃねえの?

    ねえ、これってグッドアイデア? ナイスアイデア? って、そんなことしたら後かたづけが大変だね。理紗があんまり可哀想だね。今までこんなに優しくしてくれたのに、良い子なのに、そんな結末ってないよね。


    でも、その理紗が僕を裏切ってるかもしれないんだった。そうだった。木村学は何を考えているんだ?


    (選択肢)

    →こんな状態の彼に任せる訳にはいかない。
    →もういいよね? ここまでやったんだから良いよね?

     

    学は、唯一信じていた理紗が、自分を裏切ったと思ってしまっている。そのせいかだんだんと、人格が軋んできている。


    だって、この選択肢おかしいよ。

    →こんな状態の彼に任せる訳にはいかない。
    →もういいよね? ここまでやったんだから良いよね?

         

    自分のことを、「彼」だなんて。もう学は自分のことを他の誰かぐらいにしか見えていないんだ。


    そして前者を、私は選んだ。


    つづく!

     

    おわり

    CARNIVALの文体が大好きだってことを、実感した3日目でもありました。
    いいよね、こういうテンポがよく歯ざわりが良い感じ。

    ――――――

    そういえば、頭の中でぐずぐずと考えてることを、文章に書き起こすだけで気分が晴れやかになります。

    そんなことに、最近気づきました。やっぱり頭の中で考えることって空回りにしかならないんだなーと実感。
    考えるなら文章でね、みたいな。


    ・CARNIVAL レビュー記事

    CARNIVAL 生きることは罰なんだね 感想

     

    <参考>



    ● 記事を共有する


    よく読まれている新ブログの記事。

















トラバ














         template by SEO