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TOP > オピニオン > 僕は友達が少ないを読んで『友達の作り方』を考えてみる│ コミュニケーションスキルをいくら身につけても友だちはできない

    僕は友達が少ない (MF文庫J)
    僕は友達が少ない

     

    嘘や!
    裏切りや!
    欺瞞や!
    偽善を許してやれる度量を持ちやがれや!


    ああん!? いつからお前たちは人を選り好みできるほど偉くなったんだ、
    好き嫌いで人付き合いしてんじゃねーよ!

     

     

    『僕は友達が少ない』や、他小説、記事に触発され、 「友だちのつくり方」についてぐにーと意見を述べていきます。

     

     

    スキルじゃ友達はできない

     

    うーさーのその日暮らしoh5 (1)



    ここ最近、ネットで話題になる記事はコミュニケーションノウハウばかりだ。


    コミュ症の治し方や友達の作り方、会話術、質問術といった記事がすごく人気。
    Twitterでのツイートはバンバン送られてくるし、怒涛の勢いではてブされている。



    ・会話のはじめでは「いや」「逆に」を使わない。
    ・否定するな肯定しろ
    ・とにかく笑え
    ・とにかく喋ろ
    ・我慢しない
    ・相手に期待しない
    ・嫌われることを恐れない
    ・空気を読まない
    ・空気を読む
    ・自分の話をするな、質問に徹しろ
    ・考えさせるな、思い出させる質問をしろ

    などなど。


    こういうのをひたすら読んで、ひたすら実践している人に聞きたい。


     



    人間関係を技術に落としこむのって、怖くないの?




    もしかしてさ"人”を”モノ"としてしか見てないんじゃないの。人間だななんて、これっぽっちも思ってないでしょ。

    目の前で話している人は、私たちと同じように感情を持ってる人間なんだ。傷つければ泣くし、尊厳を踏みにじれば怒る、意志の疎通が上手く行けばお互いにいい気分になる、そんな人なのだ。


    そんな人との関係を、技術に落としこむ。それは人間同士の付き合いと言えるのだろうか。モノ同士の付き合い方なんじゃないだろうか?


    "こう言えば、こう思われるだろう”
    "ここで笑えば、嫌われることはないな”
    "ここは否定しないで、頷いておけばいいか”


    彼らはロボットじゃない。ボタンを押せば、決められた行動を繰り返すわけじゃない。技術で心を動かそうとしても、それは出来ないんだよ。”モノ"じゃない、”人"なんだ。


    人は人を自由自在には出来ない。わたしたちの思い通りにならない。けれど、その事を忘れている人が多い気がする。だとしたら友達なんて出来るわけがないと思う。



    『 コミュ症の治し方、友達の作り方、会話術、質問術 』


    確かに。こういったスキルは役立つ。人間関係を潤滑にしていくには、多いに役立つ。相手を不快にさせないし、余計な波風を立てなくて済むようになる。世渡りが巧みになる。


    そして上手くいけば、大勢の人と知り合いになれる。そして友達ができなかったことに気づく。


    そうだよ、知り合いは友達じゃない。


    知人が100人いても、友達が1人もいないことなんて日常茶飯事だよね。




    スキル化の末路

     


    freefont_logo_ArmedBanana



    そうやってスキルだけ重視した結果は、人間関係の気疲れしかない。他人を思いやって、愛想笑いを浮かべる日々。波風立てないようにと、本音をさらけださない毎日。自己欺瞞のくりかえし。


    休日は知り合いとのイベントや約束がてんこもりになってるかもしれない。でもさ、安らぐことはないんだ。


    好きでもない人に消費される休日、一緒にいても楽しくない人たちとの夕食。SNSでの付き合い。消えてなくなる自分の時間。そんな人間関係。



    たとえ1人ぼっちから抜けだしたとしても、今度は人付き合いの煩わしさに辟易することになる。うんざりしてしまうことになる。



    分かってるとは思うけど、その人たちは友達なんかじゃないんだよ



    友達をつくるには何が足りてない?

    たりたない!6


    おそらく友達ができないって人は、自分にしか興味がないんだと思う。他人に興味がない、関心がない。感心なんて絶対にしない。


    自分自身に置き換えてみるとよく分かる。そんな人と友達になろうとは、決して思わない。




    そして友達をつくるには、その興味と関心が一番大事なのだ。



    偽りの”興味”じゃない、嘘の"関心”じゃない、本物の感情が必要なんだ。だってさ、そういう嘘っぱちは、皆気づいているものだよ?


    嘘で固めた笑顔って、かんたんに分かるでしょ?
    こいつ愛想笑いすごいなーって感心しちゃうでしょ?
    こいつ私に興味なんてないなんだなって見抜けるでしょ?


    心にもない言葉なんて、一発でわかるんだよ。それは勘や直感の部類といってもいい。ただなんとなく"わか”るんだ。


    さらに言えば、人間関係を技術に落とし込んでるやつは、この見抜く精度がすごい。なぜって、そりゃその人も同じ側の人間だから。同じ穴のムジナだからだ。こいつらは、他人のフェイクを容易く見破るよ。


    うん。


    だからさ、嘘の人付き合いをしていくなら、その嘘はバレてると覚悟しておいたほうがいい。
    それでさ

     

     





    そろそろ、人間同士の付き合いをしてみない?

     

     








    友達をつくるには真心から


     iroseka dfahisda


    相手をモノではなく、人間だと思ったときから、人間同士の付き合いは始まっていく。

    人間同士の付き合いっていうのは、真心の連続だと思うんだ。


    優しくされたら嬉しいし、労ってくれたらありがとうと言いたくなる。褒めてもらえれば頬がほころぶ。そんなふうにして心のこもった言葉を、行動を伝えていけば、人と人とは繋がっていく。


    真心は伝わると、私は思うんだ。

    それは荷物の渡し合いに似ている。丁寧に渡すことで、次の人も丁寧に渡し、その次の人もていねいにていねいに渡してくれる。もし荷物を乱暴に渡してしまったら、次の人も乱暴に渡してしまうように。


    誰かが幸せになると、自分もちょっぴり幸せになるよね。君が幸せになると、私も幸せ。私も幸せになると君も幸せ。

    ずーっと、ずーっとくりかえして。ほら、幸せスパイラル

    神北小毬

     

    小毬ちゃんの幸せスパイラル理論は、本当にいいとこを突いている。でもやっぱり理想論なんだ。問題はやっぱりある。

     

    ウソじゃない言葉や行動っていうのは、”本当の自分"って意味なんだ。つまり、自分の本音を言えない限り、友達はできない。

     


    でも本音を吐き出すのは、痛みをともなう。

     


    本音っていうのは、内蔵を晒け出しているってことと同じだから。

     

     

     

     

     

    傷む内蔵と痛む心


     

    本当の自分を見せる。

     

    Husmhrt2 


    それは自分の"肉”に手を突っ込んで、これは心臓です。これは肺です。これは胃です。肝臓です。腎臓です。食道です―――といった具合に内蔵を引きずり出し、それらを眺め合うことと似ている。


    つまみ上げられた自分の内蔵は一つづつ点検されていく。それがどんなに汚い色をし、どれ程にいびつな形をしているかを指摘されていく。




    「ふーん、こんな気持ち悪いカタチだったんだ」

    「なんでキミのは、こんなにも汚い色をしているんだろう」


    「もっとイイものだと思ってた」

    不潔だねばっちいね、薄汚れてるし真っ黒。なんでこんなに不気味なんだろ。うわ表面にどろどろした粘液ついているし。ああ腐敗してるのね腐ってるのかーじゃあ仕方ないね。それにこれなんかちょっと臭うし最悪、


    「まあ26点ってところ?」




    だから否定されれば、ナイフで切りつけたられたみたいに痛い。汚さを笑われると嫌な気持ちにだってなるし、点数をつけられたって喜べない。自分の"なか”を見られるというだけで、落ち着かなくなる。


    だから本当の自分を晒けだすのに、ためらってしまう。



    もうぼくたちは子どもじゃない。子どもの頃のように、本音をためらいもなく発言できない。これが嫌い、あれが好き。不味い、美味い―――そんなふうに言葉が先に来ることはもう無い。


    思考にフィルターをかけ、言っていいのかどうかを一瞬で判断してしまう。発言の出力にバイアスだってかけてしまう。

    ま、そのうち気づくわよ。

    大人になるってことは、近づいたり離れたりを繰り返して、お互いが余り傷つかずにすむ距離を見付け出す、ってことに。

    葛城ミサト




    だからあの頃と同じように腹を割って話すのが、とても難しいんだ。その事実は、友達をできにくくしている。


    ぼくは友達が少ない?

     

    それでも「友達」を欲してやまないのなら、否定される痛みを覚悟しなければいけない。


    刺される痛みに耐えて、切りつけられる痛みに耐えて、焼きつくような激痛に耐えていかないと友達はできないのかもしれない。



    でも、その力は誰もが持ってるわけじゃない。力がない人はどうしたらいいんだろう。うん、あきらめればいい。


    いのりさんはいないの、友だち

    友だちって、いなければいけないもの?

    ギルティクラウン

     



    そんなふうにして、割り切るのも一つの手だと思う。ただ、ずっと孤独に耐えていかなければいけない。寂しさに耐えるのも力がいるんだよね。


    ・・・・・・選ばなくちゃいけないんだろうね。


    どっちにしても、痛みを覚悟しなくちゃいけないっていうことに。そしてどっちも似たようなものなら、孤独を友達にするよりは、人間を友達にしたほうがうん倍も楽しいんじゃないかな! (終)


     


    まとめ

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    ・スキルでは友達はできない
    ・本音で言い合えば友達はできる
    ・でも本音を言うのって痛いよね
    ・友達を作らなくても痛いなら、作る痛みを選ぼうよ

     



    今思い返せば、ちっちゃい頃の無茶ぶりは笑えてきます。休日はアポなしの家突入。友達を散々引っ張りまわしながら、街をかけめぐったり、思ったことをそのまま言って喧嘩に発展してまったり、しなくてもいい衝突をくりかえてしまったりなどなど。


    あの頃のように、剥き出しの心でぶつかり合うのって素敵だなーと思うけれど、でもやっぱりもうそんなことは出来ない。けどしなくちゃいけない

    っていう心模様をだだーっと記事にぶつけてみました。クスリかドクになってくれれば幸いです。

     

     

    <参考>

    僕は友達が少ない CONNECT (MF文庫J)
    僕は友達が少ない CONNECT (MF文庫J)


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    よく読まれている新ブログの記事。

















トラバ

まさしく
まさしく、その通りでございます。

一読させていただいてまっことスッキリ致しました。
>>ミホさん

ありがとうございます。スッキリし共感してもらえる部分があれば、なんというか私としても嬉しいです!
一通り読んでみて、確かにそうだと思う部分と、僕の考えとは、何となく違うかなという部分がありました。

でも、べるんさんの思いは伝わってきました。
>のりなずなさん
一通り読んでみて、確かにそうだと思う部分と、僕の考えとは、何となく違うかなという部分がありました。
でも、べるんさんの思いは伝わってきました。
――――――――――――――――――

よろしければ「○△の部分が私の考えとは違うかなー、○○だと思います」と、言ってくれると私も新しい見方が出来て嬉しいのですヽ(>ω<)ノ ”ほむほむ、ここの部分はこういう見方もあるんですな”と参考になるので。
なんにせよ、読んでくれてありがとうございます!m(_ _)m
自分が今までつらつらと思い感じてきたことが、ズバっと書かれていました。

なんとなく?スッキリさせて頂いきました。
>>丸缶さん
 
私もなんだかもやっとしたものを感じていたので、同じようにすっきりしてくれたなら私としてもこれ以上嬉しいことはありません><
読んでくれて有難うございます!
のりなずなですが、こちらにもちょっと書かせてもらいます。

ひとことで言えば、スキルもまた大切であるということです。

もちろん、しっかりとした思いのないスキルは、意味がないというかときにはマイナスだと思っています。

例えば、スポーツで勝ちたいといくら思っても、ある程度うまくないと(スキルを持っていないと)勝つのは難しいということがあります。

言い換えれば、スキルとは気持ちや思いを実現するためのものだと考えてます。

それでは、べるんさん、失礼しました。
>>のりなずなさん
ひとことで言えば、スキルもまた大切であるということです。
もちろん、しっかりとした思いのないスキルは、意味がないというかときにはマイナスだと思っています。
例えば、スポーツで勝ちたいといくら思っても、ある程度うまくないと(スキルを持っていないと)勝つのは難しいということがあります。
言い換えれば、スキルとは気持ちや思いを実現するためのものだと考えてます。
―――
● 有益なスキルがないとそもそも「友だち」ができないっていうことですか? 少しわかりますが、私はあまり好きじゃない意見かもしれません。
だってその「有益なスキル」を身につけられない人は、ずっと「友だち」を作れないという事実にゆき当たってしまいます。

だから私は「友だち」を作りたいならスキルなんか関係なく、「友だちになりたい!」っていう心の発露さえあれば、その行動を示せれば、友だちはできるよと言いたかったのですです。 
自分を見直す良い機会になりました。
でも「とにかく喋ろ」はおかしい(笑)
喋れ、だと思いますよ。
本音の自分がとっても最低な自分のため、自分をさらけ出すと嫌われる。
そうならないために、”普通の人はどうしてるんだろう?自分の何が悪いんだろう”って普通に近づきたくてスキルを身に付けようとする。発達障害だか何だかで”わからないけどいつもの自分だと嫌われる”から…

でも繕ってる感があるからどっちにしろ上手く馴染めない。
重なる緊張、不安が覆い被さって相手への興味・関心は伝わらない。
どないしろって言うんでしょうね(´・ω・`)
人を人として見てるか物として見てないかというとこを読み心にスッと入ってきて納得しました。 気づかせてくれてありがとうございます。 これからちゃんと人間同士の付き合いを始めていきたいと思います。本当にありがとうございます













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