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トラバ

コメントが遅くなり申し訳ないです…(関西は放送が遅いため)。
1クール分だと真那は悪役としてのイメージしか定着させてもらえそうにないですね。べるんさんの言っている1の場合が真那です。
私立中学生、実家が大規模な金持ち、家の財力で他の生徒を驚かせて取り巻きにして頂点でしか生きたことのない人間、それが真那なので他人以上に他人の痛みに鈍いんでしょう。女王様だったから。
話変わって、中二世界だから否定していいってわけではナイト・オモ・ウンデス。常識的に見れば避けられたりするのは当然、キモイと嫌がられたりする?でしょう。
でも、それは馬鹿にする、否定する
要素は中二要素(その時点で立派なヒトの一部ですが)、痛みを受けるのは、要素でなく相手だという事を知らない人間。
それが要素否定人間の怖さなのでしょう(相当な偏見です…)。
彼らは隙があれば何でもついてきますから。(相当なry
ですが、その傷を癒すモノは肯定なのでしょう。そして、肯定は否定で負った傷以上の成長を見せてくれます。…どんな要素にしても。そういった意味合いが今後のヒメの成長になるでしょう、仲間に囲まれて。中二世界の否定は、童話を信じる子供達の心を否定するのと何ら変わりないのでしょう。ですが、気持ちだけでなく要素一つの気遣いで人は成長できるんです!でも否定は傷つけるだけで何も残せません。それどころか殺したり、奪ったりします。痛みを知ることが人と接する上での成長要素だと考えれば成長の一環として否定があるのかもしれません。だから否定は否定されていくのか?それはとても分かり切った事じゃない。だから、学習や成長の一環なんでしょう(中二要素どこいったんだよwwオイww)。
↑色々と矛盾した文になりましたが…お許しください(震え声)。
今回は話よりもべるん様の見解に学ばせていただきました!
毎度ご苦労様です。長文失礼致します!レビュー有難うございます!お休みなさい!それでは!。

追伸:俺修羅はボクも不思議な魅力がある作品だと思います。
つい、毎回何度も見てしまうというww一種の電脳麻薬みたいな感じですかねww。



>ヽ(^o^)丿さん
コメントが遅くなり申し訳ないです…(関西は放送が遅いため)。
1クール分だと真那は悪役としてのイメージしか定着させてもらえそうにないですね。べるんさんの言っている1の場合が真那です。
私立中学生、実家が大規模な金持ち、家の財力で他の生徒を驚かせて取り巻きにして頂点でしか生きたことのない人間、それが真那なので他人以上に他人の痛みに鈍いんでしょう。女王様だったから。
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いえ、そんな気にしないでくださいw コメント貰えるだけで嬉しいのでヽ(>ω<)ノ

はじめから、豊かで満たされた人生っていうの考えものなんだなーと思いました。貧すれば鈍するといいますけど、贅もまた人を鈍くさせるんだなと。

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>話変わって、中二世界だから否定していいってわけではナイト・オモ・ウンデス。常識的に見れば避けられたりするのは当然、キモイと嫌がられたりする?でしょう。
でも、それは馬鹿にする、否定する
要素は中二要素(その時点で立派なヒトの一部ですが)、痛みを受けるのは、要素でなく相手だという事を知らない人間。
それが要素否定人間の怖さなのでしょう(相当な偏見です…)。
彼らは隙があれば何でもついてきますから。(相当なry

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最近だと『中病でも恋がしたい!』っていうアニメがいい具合に"中二病”のえぐみを出してくれたかなと思います。
「中二病ってなに? 普通の人とナニが違うの? どこがどう違うの? ここのまま中二病でいちゃだめなの? なんで? なんでダメなの?」と。

あのアニメでも分かるんですが、中二病を否定するっていうのは、それを生み出した人の「心」を否定するってことですから。否定されればやっぱり痛いのです。
確かに現実で見れば、中二病は恥ずかしい。痛々しいことこの上ないです。けれど、その要素、一部分はみっともないものでも、傷つけられば血を流すんですよね。


―――それが要素否定人間の怖さなのでしょう

この見方はなんというか面白いと感じました。

その人の半分以上は認めているのだけど、ある一要素は絶対的に気に入らない。気に入らないから徹底的に攻撃してやりますよ、っていう見方ですよね多分(間違ってたらすません⊂⌒~⊃。Д。)⊃)

これに気遣いや優しさという心を持ちあわせていたなら、
「もちろん姉さんは尊敬してるけど。
 あの性癖だけは直して欲しいから容赦なく言うわ」
となるんでしょう。

反対に攻撃性だけを持ちあわせていたら、今回のマナちゃんのようないや~な人になってしまんですかね。

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>ですが、その傷を癒すモノは肯定なのでしょう。そして、肯定は否定で負った傷以上の成長を見せてくれます。…どんな要素にしても。そういった意味合いが今後のヒメの成長になるでしょう、仲間に囲まれて。
>中二世界の否定は、童話を信じる子供達の心を否定するのと何ら変わりないのでしょう。
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殴ったり怒ったりするのは愛なんかじゃない。褒めて伸ばせ!という教育論に繋がるものを感じさせます。肯定するってことは「わたしはここにいてもいいんだ」っていう気持ちを育みますもんね!

サンタの存在を否定しないのが大人なのかもしれません。子どもの夢を壊すのは野暮ですもの。

けれど中二病は、なんというか扱いが難しい。彼らは子どもを脱却する時期でありながら、子ども心を忘れることができなかった人なんだと思います。周囲の人間はもうそんな夢みたいな心を捨ててしまった人ばかり。ゆえにその心を持ち続け、かつ表現していくのには苦痛を伴います。

なぜなら、続けていけば周りからは「社会不適合者」というレッテルを張られ、社会というコミュニティから居場所を剥奪されますから。

そうさせないために正す。矯正し強制する。そんな正しさが「大人」の役目だというなら、こんな現実ごめんです。まっぴらごめんです。お引き取りくださいって感じなのですよみー☆
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>ですが、気持ちだけでなく要素一つの気遣いで人は成長できるんです!でも否定は傷つけるだけで何も残せません。それどころか殺したり、奪ったりします。痛みを知ることが人と接する上での成長要素だと考えれば成長の一環として否定があるのかもしれません。だから否定は否定されていくのか?それはとても分かり切った事じゃない。だから、学習や成長の一環なんでしょう(中二要素どこいったんだよwwオイww)。
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前からたまーに考えていたのですが、ここのロジックってなんか不合理ですよね。不合理というよりは不幸な。

―――痛みを知ることが人と接する上での成長要素だと考えれば成長の一環として否定があるのかもしれません。

つまり私たちは、痛みという「不幸な体験」をしなければ誰かに優しくできない。辛いという「不幸を経験」しなければ、まっとうな人間。まっとうな幸せを得ることができないんだとすれば、なんというか・・・・・・なんていうんでしょうね? すごく最悪だなーと感じてしまいます。だってこれ、傷つくのが前提なんですもの。そんな世界構造にうんざり気味なのですよ。ってなんか変な方向に脱線している;゚∀゚)=3


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>今回は話よりもべるん様の見解に学ばせていただきました!
毎度ご苦労様です。長文失礼致します!レビュー有難うございます!お休みなさい!それでは!。

追伸:俺修羅はボクも不思議な魅力がある作品だと思います。
つい、毎回何度も見てしまうというww一種の電脳麻薬みたいな感じですかねww。

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いえー。こちらこそ毎回コメント有難うございますm(_ _)m

なんなんでしょうねwこの俺修羅の変な魅力w













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