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TOP > 今日見たアニメ > やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。│ 問題を解決するには「努力」か「見方を変える」かどっちだ!?

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (ガガガ文庫)

     

     

     

     


    青春を楽しむ愚か者たちへ


    け散れ

     

     

     

     

    青春なんて砕け散れ

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (1)


    仮に失敗することが青春の証であるのなら

    友達作りに失敗した人間もまた、青春のど真ん中でなければおかしいではないか

    しかし、彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合御主義でしかない。結論を言おう。


    青春を楽しむ愚か者たちへ
    砕け散れ


    冒頭からの主人公の独白。声質が粘着っぽい雰囲気をかんじられるのもあって、とても不愉快でした。

    独白の内容も、とてもきつい。高校生にありがちな、「斜に構えた」見下し視線。私はこんな人と友だちにはなりたくないなーと思ってしまった。

    あまりにも、気持ちが悪い。でもこれから好きになっていくかもしれないが。



    この独白で問題なのは、「青春を楽しむ愚か者」というのはこの主人公の主観でしかない。青春を楽しんでるように"見えて”実は苦しんでいる人なんていっぱいいるんだよ。


    友だちがいても、恋人がいても、部活をしていても、なんらかの技能を持ち得ていても、皆悩んでいるんだ。苦しんでいる。みんながみんな全員が全員、青春を"青春”だなんて感じていないものだよ。


    思うに、「青春」というのは青春のまっただ中の時に感じるものではなく振り返ったときに「あ~あれは青春だったな」と感じるものなんじゃないかなと思うよ。

     

     

     

     

    「奉仕部」という傲慢さ

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (3)

     

    持つものが持たざるものに、慈悲の心をもってこれを与える。
    人はそれをボランティアと呼ぶの。
    困っている人に救いの手を差し伸べる。

    ようこそ「奉仕部」へ。


    雪乃の言葉で気になるのは「救いの手を差し伸べる」というところ。この子は自分の力で誰かを「救える」と本当に思っているんだろうか。とても傲慢さが鼻につく。


    誰かを「救おう」としている心の方向性と、自分が誰かを「救える」と思っている傲慢さが。


    奉仕の心っていうのは、自然な感情の発露から始めないとダメなんじゃないかという持論がある。先生に「こいつを奉仕しろ」と言われてはじめるのと、自分から「私はこの人を奉仕しよう」と思うのでは全然違うということだ。


    前者はそのうち自分の心のバランス崩すよ。あんまりおすすめしないです。後者は、「子ども」に接するときの気持ちと同じなんだよね。これは長く続けられる。


    だって自分がやりたい! って思ったんだから。

     

     

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (4)


    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (7)

    なんだその、変わるとか変われだの。他人にオレの自分を語られたくないっつの

    あなたのそれは逃げでしょ

    変わるっていうのも、現状からの逃げだろ
    どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ


    それじゃ

    ―――それじゃ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない。


    私からみれば、雪乃は危うい。とっても危うい。この子本当に大丈夫なの? このまま行っても大丈夫なの? とても心配だ。


    雪乃は問題があったら、悩みがあったら「解決しなくちゃいけない」と思っているところだ。自分のもつコンプレックスも、生まれつきも、環境も、世の中の不条理も不合理も、すべて


    すべて
    、なんとかしようとしているように見える。危うい。本当に危うい。こんなの無理だよ、個々人には限界がある。時間や能力の限りがある。

    それを分かってでもなお"なんとかしよう”としたら、壊れちゃうんじゃないか?

     

     

    雪乃と主人公の違い

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (18)

     

    才能っていうの? そういうのないし……

    解決方法は努力あるのみよ
    由比ヶ浜さん、あなたさっき才能がないって言ったわよね。

    え……ぁあうん

    その認識を改めなさい。
    最低限の努力もしない人間には、才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は、成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ。

    で、でもさ、最近はみんなやんないって言うし、合ってないんだよ……ぇへへ

    その周囲に合わせようとするの、止めてくれないからしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ無様さ愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?



    ―――


    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (22)

     

    本当に良かったのかしらね。先週の由比ヶ浜さんの依頼。私は、自分を高められるなら限界まで挑戦すべきだと思うの

    それが最終的には、由比ヶ浜さんのためになるんじゃないかと


    努力は自分を裏切らない。夢を裏切ることはあるけどな。
    努力しても夢が叶うとは限らない、むしろ叶わないことのほうが多いだろ。でも頑張った事実があれば、慰めにはなるだろ。

     


    由比ヶ浜のクッキーでの奉仕の時。雪乃は「努力をする」という方向性で彼女の問題を解決しようとした。

    しかし、主人公は「考え方を変える」という方向性で問題を解決した。これが両者の明確な違い。スタンスの違いなんじゃないだろうか。

     



    ■雪乃の問題解決のアプローチ方法「努力」


    メリット:問題に対処しているという実感、それが後に自信になる。解決は、不満を排除し、満足感を得られる。

    デメリット:"問題が解決”しない事柄に多く気付いてしまうこと。「諦める」という実感を多く積めば、無力感にもつながっていく。そして、時間がかかる。



    ■主人公の問題解決のアプローチ方法「考え方を変える」


    メリット:自分の内側を捻るだけで、問題が"問題”じゃなくなるお手軽さ。努力も必要なければ、道具も必要ない。

    デメリット:考えを変えるっていうのは、そんなに簡単じゃない。どうしても受け入れられない事柄は、どうしても受け入れられないものだ。そして、往々にしてこのやり方は、問題の先延ばしにもなっている。

     

     

    実際に主人公は、雪乃要請にたいし、

    なんだその、変わるとか変われだの。他人にオレの自分を語られたくないっつの


    と言っている。

     

    おわり


    雪乃の心の危うさ。「誰も救われないじゃない」という言葉の危うさ。救われたがっているのは、彼女自身なんだろうか??



    <参考>

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (ガガガ文庫)
    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (ガガガ文庫)


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