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TOP > オピニオン > 死んでるキャラと、生きてるキャラの分水嶺ってどこだろう? 生存戦略しましょうか。

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    生存戦略、しましょうか?

     

     



    死んでるキャラと、生きてるキャラの違いはどこだろう?


    それは「人生」があるかないかだ。



     

    生きてるキャラには「人生」がある

    輪るピングドラム 上

     

    生きてるキャラには、「生きてきた時間」がある。


    そいつの言葉には意義があり、生きてきた時間分の"重み”がある。行動には説得力があり、培ってきた経験がある。

    何かが好きな理由も、何かが嫌いな理由もちゃんと存在する。思い出がある、生きた時間があるのだ。 「人生」がある。

    だから、例えフィクションでもそのキャラクターを"生きてい”る思えるんだ。

     

     

     

    例えば、『輪るピングドラム』




    カレーライス 


    『輪るピングドラム』というアニメがある。そこに登場する荻野目苹果という人間がいる。そいつは大のカレーライス好きだ。愛しているといっても過言じゃない。

    大切な人と食べるカレーは幸せ味がする

    「人が初めて作った料理は、カレーだったんじゃないかと思う。作ったのは、きっと女の子」

    「大好きな人に食べてもらう。美味しいね、って微笑んでもらう為に…」

    「幸せな味がする。お鍋の煮える音が好き。美味しくなろう。具材達の囁き、子守唄の合い間に、お母さんが赤ちゃんに語りかけるように。いつまでも――」

    (輪るピングドラム:荻野目苹果)


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    彼女がどれくらいに、カレーライスが好きか分かると思う。 カレーライスの記念日があり、カレーライスとの懐かしの思い出がある。「カレーライス」の人生がある。


    だから彼女の言葉には、重みを感じるのだ。


    これがもし死んでいるキャラの場合、「カレーライスが好き」という設定でしかない。カレーライスにまつわる哲学めいた思想もなければ、思い出もない。そんな人間の言葉に重みを感じるはずがないのだ。


    例え、強引に「カレーライス」に関わるストーリーを挿んだとしても、それは貧弱なものになる。くだりは数瞬で消費され、惰性で、進んでいく物語に"生き生き”さなど出るはずがない。

     


    しかし、生きてるキャラはそうじゃない。




    何度もいうが生きているキャラ、ううん荻野目苹果には「カレーライス」ひとつとっても、そこには大好きな理由があり、好きになり続けた過程がある。思いがある、人生がある、哲学があるんだ。 





    ここが「設定キャラ」いや、死んでるキャラとの分水嶺なんじゃないだろうか。



    人生の深みという分水嶺が。

     

     




     



    机上の空論。生きたキャラクターの創造

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    生きたキャラクターの創造方法を、2つほど思いついたので挙げてみます。

    1,キャラクターの「人生目録」を作る


    yugudorasiru


    どう生まれて、どういう親の元で育ち、どういう学校にいったのか。なにが好きで、なにが嫌いで、なにが大事なのか。それらに付属した思い出、過去、記憶。


    そういう事細かなことを1つづつ書き綴り、まとめていく。1年…2年……10年と積み上げていけば、必然と「生きたキャラ」が生まれるんじゃないだろうか。


    10年以上の「人生」を想像し創造するのだ。薄っぺらくなるはずがない。



    2、哲学をという核を打ち込む


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    真っ白なキャラに、「哲学」という核を組み込む。

     

    生きていればいろいろなことに「なぜ?」という疑問が生じる。その疑問を解決するために、考えて考えて考えて答えを出す。そうして苦しんで生まれた答えが、人間性の深みを出すんだ



    例えば、「努力」という言葉ひとつとっても、様々な人間性が浮かび上がる。 哲学がある。

    努力はね、わたしを輝かせてくれる

    努力をすれば必ず成功する。

    成功しなかった人間が積み重ねてきたのは努力でなく徒労だ。

    頑張らない努力もあるんだぜ?

    努力なんて言葉はね、不幸な連中、才能がないでくに対する気遣いでしか無いんだよ



    この4つの言葉1つづつに、ぽわっと、キャラクターが浮かび上がらないだろうか。


    努力を崇拝しているもの、努力を笑っているもの、努力の方向性を語るもの――といった具合に。そういった核を元に、キャラクターを肉付けしていく。

    「思考の方向性」から「人生(過去)」を創り上げる方法だ。




    ※ちなみ私はキャラクターを創造したことがないです。これは机上の空論なのです。



     

    まとめ

     
    ・生きてるキャラには「人生」がある

    ・死んでるキャラには「人生」がない

    ・生きたキャラを創造するには、「人生」を考えてあげればいいんじゃないだろうか


    ―――

    「死んでるキャラ」の具体例も書きましたが、あまりにもボロクソ気味になってしまいました。好きな人からすると、いい気持ちはしないだろうなってことでカットカットです。



    ※追記 

    ここでいう「死んでいるキャラ」とは具体的にどういうのですか? と質問を頂きました。




    生きているキャラに「人生」があるとすれば、死んでいるキャラには「人生」がありません。中身が空っぽで「設定」というハリボテで動いているキャラクターを指しています。

    例えば、ある女の子がいたとします。その子は男性経験もなければ、男性とほとんど喋ったことがない「深窓の令嬢」。しかし、この女の子は主人公に告白されたあとすぐ「H」をし「フェラチオ」をし始めます。この子の「人生」を鑑みた時、そりゃないでしょうとなります。

    「死んでいるキャラ」はストーリーの駒となっていることが多いです。あるストーリー展開にするために、ストーリーを"巻く”ために、今までのキャラの人格という基盤を歪ませてしまうことがあります。よく「え? このキャラそんなこと言わないだろ?」「そんな行動しないだろ?」というのは物語の"駒”になってしまったんだと、私は思います。


    言った言葉と行動が一致しないのも「死んでるキャラ」とみなしています。


    「俺は仕事に誇りをかけているんだっ!!」→「女の子のために仕事やめました☆」


    とかですね。(このとき仕事>女の子の重さの天秤が、仕事<女の子に傾く描写をいれてくれればいいんですが、そういうものがない作品が結構あります。そのときストーリに"飼い殺された”人間を「死んだキャラ」と位置づけています)


     

    <参考>

     

    輪るピングドラム 下
    輪るピングドラム 下


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トラバ

大量にキャラクターがいて、それ全てを生かす、書き分ける、ていうのはどういう才能なのか。
戯言シリーズは何十人とキャラクター出てきたけど、あれもすごいよなあ。作者が何人か忘れてたけど
>>ゆきせか@メアかわいいさんへ

大量にキャラクターがいて、それ全てを生かす、書き分ける、ていうのはどういう才能なのか。 戯言シリーズは何十人とキャラクター出てきたけど、あれもすごいよなあ。作者が何人か忘れてたけど
―――
● きっと彼らの脳みそは、私の数十倍の処理速度を有しているに違いないです! 1人だけでも「数十年」単位の人生があるのに10人とかになったらもう……、どんな才能なんですかね;゚∀゚)=3

戯言シリーズで好きなのは(あれ唐突にどうした)、いーくんと紫木一姫の二人が特に。姫ちゃんのあのシーンは、小説ながら涙でいっぱいでした。(作者が忘れていたのって春日さんかな?!)















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