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TOP > 今日見たアニメ > やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 2話│ 雪ノ下雪乃はとても「危」うい人間だ

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 俺ガイル0 (3)

     

    気付かなくてごめんなさいね。
    あなたたちの生態系に詳しくないものだから
    つい類人猿の威嚇だと思ってしまったわ


    お山の大将気取りで虚勢を貼るのは結構だけれど、自分の縄張りの中だけにしなさい


    ―――あなたのメイク同様、すぐ剥がれるわよ

     

     

     

     

     

     

     

     

    熊になりたい

     

     やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 2dfs

     

    動物は基本群れるものである。

    肉食獣にはヒエラルキーがあり、ボスにならなければ死ぬまでストレスを抱え続ける。草食動物も天敵の襲撃で、仲間を犠牲にし続けることにジレンマを感じているはずだ。


    このように群れとは、個にとってなんら益をもたらさないのだ。ならば私は決して群れることのないクマの道を選ぶ。

    クマとは1頭で生きていくことに、何の不安も感じていない孤高の動物だ。しかも冬眠ができる。なんと素晴らしいことか。


    次に生まれ変わるのなら
    私は絶対
    クマになりたい。

     

    言いたいことは分かる。


    比企谷が目指しているのは「自己完結した世界」だ。自分の中だけで世界を作りあげ、1人だけで世界をぐるぐる廻しているそんな"在り方”。


    外側からの影響を絶対に受けない、群れることなく1人だけで生きていけるそんな人間に、そんな理想郷を目指しているんだと思う。

    ただこれの問題は、実現させるのがとてつもなく難しい。なぜなら、私たちは「孤独を苦痛」と感じてしまう生き物だからだ。


    前に、人間は「孤独に耐えられない」ものだと私は言った。そういうものなんだから、"そういうもの”なんだと。それは悪いことでもないし、恥ずかしいことでもなんでもないよと。

    そうやって、"しょうがないな”って受け止めてあげたほうが気持ちは楽になる。なのに比企谷は、自分の問題を自分でどんどん大きくている。




    「熊になりたい」発言は、裏返せば自分は「熊ではない」ということだ。熊のように、孤独を孤独とも感じず、1人だけで生きていけたらどんなに良いかという羨望なんだろう。


    孤独は苦しい、だったら苦しまない存在になりたい



    問題なのはここだ。



    彼は「孤独を苦しみと感じてしまう」のに「孤独の道を突き進もう」としている。これはなんの解決にもなっていない上に、自分を痛めつける行動でもある。なんつーか極端なんだよ。


    ……憧れるだけならいいんだけどね。好きっていうだけならいい。


    それを思考に鍵かけて、行動にまで反映させちゃうのは余計自分を苦しめるだけだよ。

     


    ――

     

    群れることは罪悪か?

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 2話 (2)

     

    おいおいすげー大変そうじゃん

    封建社会かよ。あんな風にリアル充実しないなら、俺ずっとぼっちでいいよ。


    ああいう群れ社会をみると、比企谷が罪悪のように語るのも分かる。

    個を殺して、感情を押し殺して、意見を噛み殺して、空気を読んで雰囲気を斜め読みしてまで「集団」に属そうとは思わない


    思わないけど、やっぱり"そういうもの”だし、そうやって受け止めていかないと周りから排斥されてしまうもの。うまく自分に折り合いをつけて、付き合っていくのが一番いいよね。



    ・1人は寂しいけど、群れて個を殺されるくらいなら独りのどんなに素晴らしいことか!

    ・群れることは窮屈極まりないけど、社会から排斥されず寂しさを感じないってどんなに素晴らしいことか!


    って極端になるのがダメなんでしょうね。

    ある状況下になったらこっちを優先し、こうなったらもう一方の価値を落とす。可変的に臨機応変に思考の方向性を変えていく。
    そういうのでいいんじゃないかなって。


    逆に価値基準を"絶対”なものにするのは、危険です。


    独りは群れるより良いとか、群れるのは独りより良いとか、そういう0か1の問題にしなければもっと生きやすいんじゃないかなと思いますよ。

     

     

    雪乃は内部強度が高い

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 2話 (6)

     

    あっしまだ話終わってないんだけどっ!

    「話す? あなたあれが会話のつもりだったの? 一方的に意見を押し付けているようにしか、見えなかったけれど」

    はあ?

    「気付かなくてごめんなさいね。あなたたちの生態系に詳しくないものだから、つい類人猿の威嚇だと思ってしまったわ」

    「お山の大将気取りで虚勢を貼るのは結構だけれど、自分の縄張りの中だけにしなさい。

    あなたのメイク同様、すぐ剥がれるわよ」



    雪乃強さはここだろう。

    何の衒いもなく"思ったことが言える”その性格。外側という集団に自分の価値基準を置いていないところが特に。

    ここで重要なのは、脊髄反射的にいうのと、一考した上で発言するかどうか。おそらく、雪乃はリスクもデメリットも背負った上で発言している。



    彼女は小さい頃から、集団という外側に悩まされてきた。美人というだけで妬まれたり、嫌がらせをされたり、そういうちょっとした虐めにあってきた。

    そうなると、もう"外側”には価値を置けなくなってしまうんだと思う。外側に自分を規定するんではなく、期待するんではなく、内側で自分の基準を作り、自己を確定してきたんじゃないだろうか。



    私ならこんな啖呵は切れないだろう。あまりにもリスク高すぎる。最悪の結末を想像すれば、村八分にされ虐められる可能性がある。

    学校という閉鎖された空間で3年間、約1000日間、毎日不当な扱いを受けるとしたらこの「一言」は割にあわない。本当に。高すぎる金利を3年間払い続けていくことになる。


    人生は負債だって? そうかもね。


     


    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 俺ガイル00081 (3)


    外側に自分の価値基準を置いている人は、やっぱり外側に恐怖を持ってしまうものなんだと思う。
    (価値というのは、承認欲求だったり、孤独へのリスクだったりそういうのです)

    だから由比ヶ浜のように、怖くて自分の気持ちを言い出せない人がいる。葉山隼人(取り巻き)のように「なあなあ」で事態を済ませようとする。





    雪ノ下雪乃は、内部強度を高めているせいか、外側に恐怖を感じていない。だから、最悪の結末を想定して、対処方法も考えているからこそ


    ―――あなたのメイク同様、すぐ剥がれるわよ


    と発言できる。

     



    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 俺ガイル00081 (2).jpg81


    そんな「熊」に近い雪ノ下雪乃の存在は、比企谷にとって憧れるものなんじゃないか。孤独で孤高でかっこ良く見えてしまうんじゃないだろうか。





    私も雪ノ下雪乃は、かっこ良く見える。とても強くて、とても芯のある女の子だと思う

    けれど雪乃本人からすると、生き辛いんじゃないだろうか?


    だって人間は「熊」じゃないんだ、「熊」にはなれない。1人では生きたくても生きられない。強制的に集団に属することになるし、それを拒めば孤独という永遠後の檻が待っている。孤独は耐えるものじゃないんだよ。

    苦しいものに蓋をして、痛いのに痛くないって言って、寂しいのに寂しい感じないようにするのは間違っているんだよ。




    1話で「雪乃がとても危う」く見えたのはそのせいだと思うんだ。なんというか心のバランスを崩しているような気がしてならない。

    このままどんどん、どんどん行き続けると壊れつづけて、損壊した人間になる。"行き過ぎる”のはやっぱり危険だよ。



      

    おわり



    雪乃っちゃんが危うすぎて、心配してしまいます。どうにかならないかなーと。

    ――


    「内部強度」「レンジ的思考」「自分との折り合いの見つけ方」っていう大事な要素が含まれているのが、このアニメのいいところだなと思います。

     

     

    <参考>
    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。7 ドラマCD付き限定特装版 (ガガガ文庫)



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