アニメ.エ口ゲーなどの感想が多いです。 ↓メニューバーです

TOP > 今日見たアニメ > やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話│ 雪ノ下雪乃は「友だち」に価値を見いだせれば救われる?

     WS000842

     



    どこかの男は、氷の女王だなんて影で呼んでいるみたいだけれど。ま、誰になんと思われようとと構わないわ

    だから、友だちと思われるのも構わないけれど(/////)

     




    心象強度を高めよ

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (1)

     

     

    2話で雪乃は「内側に自己を規定し、外側に価値を置いてない」と私は言いました。

    で、自分の内側に自己を規定する。価値基準を置く、自己を確立させる度合いのことを「心象強度」と私は呼ぶことにします。

    この心象強度を高くすればするほどに、外側の影響が少なくなってきます。例えば、「友だち」「否定」「承認」ということに振り回されなくて済むようになるはずです。

    「友だちがいなくても、あんまり寂しくならない」
    「他人(外側)が自分を否定してもあんまり痛くならない」
    「他人(外側)が自分を肯定してもあんまり嬉しくならない」


    ということですね。この"あんまり”が私はミソだと思っています。人間は0か1の生き物じゃありません。機械ではない。なのでいくら心象強度を高めても、「友だちがいなくても寂しくならない」という境地に至ることはないでしょう。


    万に1つ、その境地に至っても辛いだけだったりします。自己で完結してしまう「個体」は「群れ」には相いれませんから。そんな人間はいつか破綻しまいますよ。


    ――


    んで、この「心象強度」を高める方法を、一話から雪乃が言っていることに気づきました。そうです努力すればいいんです!

     

    排除するための努力をするだけで、自信の向上に向けられることはないの。だから解決にはならない。

    そうね。全員死ぬまで走らせてから、死ぬまで素振り、死ぬまで練習―――かしら

     

    大事なのは努力をして何かを成し遂げることではなく、努力をすることで「自信」をつけることなんですよね。自分を信じられるっていうことは、外側がどうなろと構わないっていうことですから。


    それを効率的な道筋で可能にするのが努力、という言葉が重いなら「何かに向けて頑張る」という取り組みだと思います。

    心象強度が脆弱ならば、「何かに向けて頑張る」ことで高強度にすることが出来そうです。



    そして、その強度を鋼のように鍛え上げた女が、「雪ノ下雪乃」という存在なんでしょう。


    ―――

    自分を本当にほんとうに信じている人って、強いなと感じます。努力によって裏打ちされた人格というやつですね。失敗しても否定されても、打たれ強い。タフガイです。


     

    雪乃の心象強度の対処

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (12)

     



    雪乃は、外側に価値を置かない。内側に価値を置き、自己を確立させてきた。それはきっと間違ったことじゃない。けれど"行き過ぎる”のは危険だと思う。



    どういうことか?


    心象強度が高すぎる人間というのは、自分1人で成立できてしまう。他者と関わらず、他者に助けを求めず、他者を必要としない「個体」として完結する。


    ――他人を必要としない人生はなんて素晴らしいことか!!


    でもね、私たちは他者と関わっていかなければいけない。そういう社会で、そういう現実だからだ。そういう「群れ」の中で、異彩を放ちすぎる「個」は忌み嫌われる。


    そういうものだ。


    人間は"異端”を許さない。自分より"違う”ものを認められない。だから輪から組み外そうとする。それは、いつ、どんなときでも起きる現象といってもいい。


    正しいとか間違っているとか、善とか悪とか関係ないんだ。


    そいつを許容できないから潰す。ただそれだけなんだよ

    ――


    ではそんな雪乃はどう生きていけばいいのか? それは「現実と寄り添う」意志を持てばいいんだと思う。


    心象強度を高めるのは良いことだ、だがそこにあぐらをかいて「私は1人で生きていける、他人なんて要らない」となれば、いつか絶対に破綻する。

    それだけは避け無くてはならない。現に雪乃は、学校内で"成立”しすぎていて孤立している。これを個体として"成立”しながらも、「群れ」社会に組み込むという方法を取りたいと思う。


    うん、ぶっちゃければ「友だち」を作ればいいのだ。




    友だちという外側に「価値」を置くっていうこと


    WS000839

     

    やっぱりゆきのん、優しいね!

    どこかの男は、氷の女王だなんて影で呼んでいるみたいだけれど。ま、誰になんと思われようとと構わないわ

    だから、友だちと思われるのも構わないけれど(/////)

     

    雪乃は、内側に価値を置きすぎている。傾きすぎている。なので外側にも同じくらいの価値を置けば、現実へのバランスを上手く取れるんじゃないだろうか。


    友だち」という外側に価値を置いて、それを大事にできれば、現実(外側)に歩み寄る意志があれば、雪ノ下雪乃は今よりもっと楽しい学校生活が待っていると、私は思います。

     



    大事なのは、内側に価値をおく、外側に価値をおく、という二極化しないことです。0か1という考え方はやめたほうがいいです。


    内側に価値を置きすぎて、孤立している雪乃。
    外側に価値を置きすぎて、個を殺している結衣。

    2人とも極端なんですよね。そうじゃなくて、内側にも価値を置いて、外側にも価値を置く。


    そんなふうに心象強度を高めつつ、現実に寄り添うように生きれば、私たちはもっと苦しまなくて楽しい生活を送れるんじゃないでしょうか。







     

     

    三浦優美子は人生楽しそうだよね

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (9)

    聞こえないんだけどー

    はぁあ何意味分かんないこと言ってんの、キモいンだけどぉ

    ねえ隼人、あっしいい加減テニスしたいんだけど


    言いたいことを吐き出して、やりたいことをやって、好きなように好きなことをする。


    とても脊髄反射で、動物的だ。


    うん、けれど、とても幸せそうに見える。恐らく多くの人が「三浦優美子」のことをウザいと思っているでしょう。けれどこの生き方は、1つの幸せ希求の形だと思うんですよ。


    「自信の最大幸福を求め」て行動している、そんな風に見えます。


    彼女の行動方針って「楽しいことをする!」っていう意志が根底にあるんじゃないですかね。他人より、おもいっきり自分を優先する生き方。我慢することなんて、あんまりないのでしょう。

    上手いのが、そういう自然体を貫きながらも「集団」に属せるスキルがあること。声が大きい・美人ってスラバしいです。



    ―――

    涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
    谷川 流
    角川書店
    売り上げランキング: 14,851



    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (8)

    (みんな?)
    みんなって誰だよ、母ちゃんに「みんな持ってるよー」って物ねだる時に言う、みんなかよ。誰だよそいつら。

    友だちいないから、そんな言い訳使えたことねーよ

    「そういうつもりで言ったわけじゃないんだ、なんかごめんな。悩んでるなら相談に乗るからさ 」


    葉山、お前の優しさは嬉しい。性格が良いのもよくわかった。サッカー部のエースで、その上お顔までよろしいじゃないですか。さぞや女性におモテになられるんでしょうなあ。


    「い、いきなりなんだよ」

    そんないろいろと持っているお前が、何も持ってない俺からテニスコートまで奪う気なの。人として恥ずかしいと思わないの。


    あのさ、葉山をよく見なよ、この子人畜無害な上に、話しあおうって歩み寄ってるんだよ? それをなぜ喧嘩腰で対応する必要がある?

    サル山の大将(三浦優美子)と人間(比企谷八幡)の仲介人が葉山なんだよ。彼は会話で穏便に、事態を収拾しようとしている。


    三浦優美子は扱いにくい上に、本能と直感で生きているときている。彼女の欲求を満たしつつ、周囲になるべく被害がいかないように頑張ってるのが分からないのか?



    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (12)


    テニスでの勝負のときも、こんな茶番わざわざやる必要なんてないんだよ。けれど三浦優美子の顔を立ててつつ、被害を最小限にするっていう目的をみれば最善だ。

    さらに勝っても負けても、「戸塚の技術向上」にはなんら影響がない。葉山良いヤツだよ。



    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (6)

    葉山、お前の優しさは嬉しい。性格が良いのもよくわかった。サッカー部のエースで、その上お顔までよろしいじゃないですか。さぞや女性におモテになられるんでしょうなあ。


    比企谷にこんなこと言われ筋合いなんてないんだよ。グループを管理徹底する気苦労も知らず、個を殺して雰囲気を重視する労苦を知らず、さも自分は恵まれていない自虐から始まる「被害者面」。比企谷はもうこの時点で加害者だよ。


    恵まれていないことは、なんの理由にもならず、なんの正当性にもならない。なんだこれ、卑屈根性まっしぐらじゃないか。…………この比企谷に、共感できる人なんているんだろうか。

     

     

     

    社畜根性ならぬ、卑屈根性

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 3話 (18)

    まあ、どっちにせよそろそろ土下座かな
    媚びる時はプライドを捨てて媚びること、それが俺のプライド。

    俺の本気見せてやるよ


    一話の感想で、比企谷は問題を解決するときに「考え方を変えて」対処していると書いた。


    自分のダメさ、クソさ、腐った思考、腐れ果てている人格、能力。そういうのをバネにして向上しようとする人間と、それでいいやと諦めてしまう人間がいる。

    もちろん比企谷八幡は、後者だ。



    友だちがいなく、楽しい学校生活を送っていない現状を、彼は「考え方を変える」ことで対処した。そのクソみたいな現状を彼は"良し”としたんじゃないか?


    努力をするのではなく、「腐った思考」を"良し”としたとき、それは歪んだ自尊心になる。

    「それでいいや」
    「そういうものだ」
    「それしかないんだ」

    と自分がダメなことを理由をつけて、納得する。そして彼は「友だちがいないこと」「青春生活を送れないこと」という"問題を解決した”。



    だから、土下座を躊躇いもなく出来る。友だちがいないことを飄々と語ることができる。1人で生きてきた、というクソみたいな自虐すらも自慢できる。



    ―――それじゃ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない。


     
    いつの日か、雪乃はそう言った。この考え方で比企谷八幡は、救われているのか?

    否、だろう。



    もし彼が、ほんとうに満足し楽しく幸せに生きているんだとしたら、他人を妬んだりしないだろう。

    葉山に意味のない喧嘩をふっかけ、恵まれているだのと難癖をつけたり、一話冒頭での「青春を楽しむ愚か者たちへ砕け散れ」なんて言葉は吐かないだろう。

     

    比企谷八幡も気づいているんじゃないか。自身の自己欺瞞に気づきつつも学校生活を送っているように見える。


    現実はこういうものだ」という諦観を持ちつつ、「でもやっぱり辛いわな」という絕望を抱いているんじゃないだろうか。だとしたら、ああいう「卑屈根性」が育ったのも分かる気がします。


     

     

     

    おわり


    比企谷の考え方は、後々に振り替えってみると、「青春だったな~」と思えるんじゃないですかね。こういうのも青春の醍醐味なんだと思いますよ。





    <参考>

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。第1巻 (初回限定版) [Blu-ray]
    ジェネオン・ユニバーサル (2013-06-26)
    売り上げランキング: 275

     

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。7 (ガガガ文庫)
    渡 航
    小学館 (2013-03-19)
    売り上げランキング: 256


    ● 記事を共有する


    よく読まれている新ブログの記事。

















トラバ














         template by SEO